View of the World - Masuhiko Hirobuchi

February 19, 2010

苦いことは美しい Bitter is beautiful. -

日本が低迷し多くの問題を抱えていることについては、多くの人々の意見が一致していると思います。ではこの憂うべき状況をどう「治療」するか?  これについては、それこそ百人百様の意見があって、国民的合意にはなかなか到りません。制度や仕組み、法律を変えて改革を実行しようとしても、気の遠くなるような時間とお金が必要です。しかし、改革は待ったなしです。どうするべきか? ここで思い切って単純明快な処方箋を提案したいと思います。「苦みを愛する人々をふやそう」というものです。いま、教育の現場では、学生や生徒に負担をかけまいとする思想が幅をきかせています。学生や生徒が嫌うことは教えないようにしようというものです。筆記体の英語は教えないし、歴史の年号も憶えさせません。悪名高い「ゆとり教育」への反省気運はようやく高まってきましたが、とにかく「苦しみに耐える」ことができない若者がふえています。そのことが最も端的に表れているのが、「食べ物に対する好み」です。苦い野菜などを好む子供や若者が激減しています。そういうものは売れないので、農家は作りません。ニガウリなどは細々と生き延びていますが、甘いものが圧倒的に好まれています。さて甘いものばかりを食べて育った子供はどうなるでしょうか? 苦みや渋みのもつ味わい、人間の心の屈折や奥深い営みといったものを理解できなくなります。他国の人々の心も苦痛も読めないし、苦しんでいる自国民の心も読めない日本人が激増しています。これでは日本がうまく行くわけがありません。苦みを好む人々がふえれば、状況は徐々に改善します。苦しいこと、辛いことに「耐える(tolerate)」ことができる人々がふえてくれば、世の中は変わります。もっと大きな希望や喜びが、「耐えた」あとに待っています。とはいっても、昔のスポーツ根性ドラマ(&アニメ)のように、若者に苦痛を強制し、ど根性をひたすらたたき込むという教育はいまさら無理です。「忍耐することは楽しい」「苦みというのは素敵なこと」「苦みはカッコイイ」「苦いことは美しい Bitter is beautiful.」という考えを広めたいと思います。この哲学を実行しているのがイチロー選手です。女性たちも「甘いマスクの美男子」や「やさしい男」ばかりもてはやしていないで、そろそろ「寡黙で、無骨で、苦み走った男」を好むようになってほしいものです。こういう男の典型としての高倉健が、中国では圧倒的に人気があるそうです。中国の元気さと高倉健好みの間に深い関連性があるとまでは言いませんが、研究してみるに値するテーマではないでしょうか?

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COMMENTS

1 : Sako : February 20, 2010 09:25 AM

外国人が著者の本で読みましたが、最近の電車の中での過ごし方が、ゲームや漫画が増えた様に感じるそうです。

私の周りの大学生は、就職の機会が激減したことも影響しているでしょうが、割合真面目に勉強している人が多いと感じます。

ただ、若いサラリーマンが最も酷い状況だと思います。
勉強=資格試験と思い込んでおり、碌な本を読んでいないので了見が狭いです。

女性達が求めるからかは、分かりませんが甘いだけの映画が増えたので、最近の日本映画を観るのを止めました。若い高倉健の様な俳優が求められる風潮が出来ると良いですね。

長々と御免なさい。我が意を得たりと思いましたので。

2 : 湖の騎士 : February 20, 2010 03:05 PM

Sako様 ご自分の身辺の大学生やサラリーマンの実態を鋭く観察しておられ、たいへん参考になりました。なるほど勉強とは資格試験と思い込んでいる人が多いのですね。もっと一見役に立たないような文学とか歴史の本を読む人がふえてくれば、日本がいま置かれている状況もよく見えてくるでしょうがーー。女性たちが厳しい目で男の査定をしないかぎり、日本には腑抜けの男ばかりふえつづけるでしょう。しかしここで私が書いたような視点は、国会でも論議されず、学会でも話題になりません。電通あたりがその気になれば、一気にブレークする思想だと思いますがーー。

3 : ペルソナ : February 21, 2010 11:53 AM

人生の苦味という部分で共通すると思うのですが、結婚をしたくない知人たち、あるいは結婚をしても子供はいらないという友人たちに理由を聞くと、「そんな大変なことはしたくない」「自由がなくなるから」という人が多いです。自分だけのために生きていたいという姿勢は、まさに甘くて軽いお菓子のような味の人生ではないでしょうか。
自分以外の誰かのために生きること、人生を分かち合うこと、そこにある喜びと悲しみ、あざなえる縄のごとき喜怒哀楽の混沌こそ、人生の「苦み」そのものです。苦悩が大きいからこそ、人は磨かれ、家族の織り成す人生の深い陰影が、人間をより豊かに、懐を深くしてくれると信じています。
人生の美しさの半分は、家庭の中に隠されている、という名言がありますが、人生を引き立たせる隠し味としての「苦み」は、家庭に対する価値観にも重要なキーワードとなっていると思います。

4 : 湖の騎士 : February 21, 2010 12:18 PM

ペルソナ様 豊かな人生経験に裏打ちされたコメントをありがとうございます。あんまり甘いものばかり好んでいると(食べ物だけでなく相手が人間でも、興味を持つ対象でも)、人は考えなくなり味わいのない軽薄な輩になっていくと思います。うんと苦いものをたくさん食べろとまでは言いませんが、子供がいやがる苦いものの味が分かってこそ大人です。他国の人々と普通の付き合いができるためには、「かわいいもの」「やさしく甘いもの」だけを愛でる精神では無理です。あまり無理をせず、自然体で苦みを愛する人がもっとふえてほしいものです。

5 : niraikanai : February 22, 2010 07:25 PM

「苦いことは美しい」このタイトルのコラムを自然に
「苦しいことは美しい」と換えて拝読していました。
現在の英語では筆記体を教えないのですね。とても驚きました。私は筆記体を教わったとき、これから英語をどんどん覚えられるのだと嬉しく思い、たくさん練習した記憶があります。

sakoさんのコメントにもあるように、電車に乗るとゲームをしている人(特に男性)が増えています。目に入ってくる携帯の画面でも、男女問わず熱心にゲームをしている人が多いようです。そんな風景を見ると少し憂鬱な気持ちになります。
ゲームに集中するあまり、お年寄りに気づかなかったり通路を空けなかったり・・・

苦み=苦しみを知っている人は本当に美しいと思います。
甘いマスクですが、きっとフィギアスケートの高橋選手は
怪我という苦みを超えた分、演技にも豊かさが増したのではないかと思います。

自分が感じている苦しみがほかの人から見ても苦しみかはわかりません。でも、内面の美しさを備えた人になりたいです。

6 : 湖の騎士 : February 22, 2010 10:13 PM

niraikanai様 苦いことも苦しいことも共に美しいと思います。多くの人は目の前の楽な方向へと流れ、苦しいことは嫌がるのが常ですが、本当に内面の美しい人、本当に大きな喜びを感じることができるのは、苦みや苦しみを知っている人です。そういう人は言葉も立ち居振る舞いも、どこか奥行きを感じさせ、そのことが他人から見て「おっ、この人はできるな!」ということになり、めぐりめぐって大きな幸せを掴むことに繋がってゆきます。それを信じ、にっこり笑って、楽しみつつ苦しみに耐える人がふえてくるといいな、と思っています。私自身はかなり怠け者で、安易な方向に傾きがちですが、若くたくましい人々が出てきてほしいと願っています。