View of the World - Masuhiko Hirobuchi

February 11, 2010

人物を見分ける物差し -

昔から「この人物は信頼できるかどうか」を見分ける基準がいくつかありました。そういうことを書いた歴史書や経営者の人物評価をした本も多数出版されています。そうした中で、だれでも「自分のこととして」人物を評価する方法があります。この場合は男同士の基準ですが、第一には「この男とは共同して事業を起こすことができるか?」というものです。事業を起こすというのは、命から2番目に大事なお金を出し合って会社あるいはプロジェクトを立ち上げるということです。もし自分の選んだパートナーが頼りにならない男であった場合、出資したお金はすべてぱーになってしまいます。ともに事業を起こすパートナーたるに値するか否かということになると、厳しい人物鑑定眼が必要です。「なんとなく感じがいい」とか「やさしそうだ」とか「好きだから」といった基準で組む相手を選ぶわけにはいきません。出資金を持ち逃げしたり、理想ばかり語って働かなかったりするような男では、とうてい共同事業は推進できません。そんな奴と組むとあなたはたちまち破産してしまいます。第二の評価基準は、自分がいよいよ死にそうだと分かった場合に、後に残される息子のことを託せる相手を選べというものです。まだ年端もいかぬ息子の後事を託すからには、よほど信頼するに足る相手でなければなりません。「こいつが成長するまでよろしく頼む」と言って「任せておけ」と力強く言ってくれるような相手、それが信頼するに足る人物だということです。さて、こうした人物鑑定基準に照らして、今の日本の政界を見渡してみてください。果たしてこの基準にかなう人は何人いるでしょうか? 有権者も早く目覚めて、せめてくのくらいの物差しで人を選ぶようになってほしいものです。

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COMMENTS

1 : 悠々 : February 12, 2010 07:33 AM

人を見分ける方法、先生の仰るような人物が私の周りにいるかどうか、考えてみましたが、私の不徳の致すところでしょうが、不幸にも居ないみたいです。
勿論政界にもそんな聖人のような人物は皆無です。
もう少しレベルを下げてこの人なら何とか共同事業をやって行けそう、程度なら何人か心当たりが有りますが、子供の将来を託せるというのは皆無です。そんなお人好しは今の世の中にはは居ないのではないかと思います。私自身知人のお子さんの将来を責任もって引き受ける自信は有りません。自分のことでさえ将来を見通せないのですから。情けないコメントで申し訳ありません。

2 : 湖の騎士 : February 12, 2010 09:50 AM

悠々様 この人物判定基準は、20年ほど前まではかなり知られていたもので、この基準で人を選べばまず大きな間違いはないとされていました。「息子の将来を託す」というのは、養育までしてくれというのではなく、「息子が道を過らないように。真人間になるように、しっかり教え導いてくれ」といった感覚でしょう。生活の面倒まで見てくれというのではなかったと思います。とくに大名や社長の息子というのは、家臣や部下がちやほやして甘やかしますから、大概だめになります。そこでこわいおじさんが、にらみをきかせて、鍛えてくれることが必要になってくるというわけで、この教訓が庶民の間にも浸透したのです。この2つの基準にかなうためには、なにも聖人君子である必要はありません。漁師さんやお百姓さんの中にもこういう人物はけっこういました。商人や職人の中にもいました。それがだんだん減ってきて、絶滅寸前になっているのが今の日本です。しかし極貧の発展途上国などには、けっこうこういう人物がいるんですね。学問なんかなくても、人間として信頼するに足る人物はいます。どうしてなのか。その辺をもっと考察してみたいです。

3 : alien : February 12, 2010 09:21 PM

私は大きいことではなくて日常の小さなことの積み重ねで人を見ているような気がします。
2つありまして、一つはメールや手紙に律義にそして速攻で返信をくださる人。もう一つは、口にした言葉を必ず守る人…たとえ「今度、ご飯食べましょう」というようなささやかな約束でも「この人が言うなら社交辞令ではなくて、忘れられることもなく、必ず実行される」と信じられる人が気持ちいいと思います。あ、もう一つありました。性質が意地悪じゃない人。この3つを併せると「決して曲解して機嫌を損ねたりしないからご機嫌を心配する必要もなく安心してお付き合いできて、一つのメールや手紙も軽んじないほど律義で、その人が言う言葉を全く疑わずに実行される真意だと信じられる」 
ある強烈に印象に残っている元上司の行動があります。その元上司は大学生も教えていましたから学生コンパに呼ばれるわけです。ある日、学生コンパの先約がある同日同時刻に学界の重鎮から会食の申し入れがありました。私は、当然、学生コンパをキャンセルなさるだろうと思っていましたら、重鎮の方に「その日は先約がありますから」とお断りになり別の日に会食のお約束をなさいました。この元上司の先約優先は徹底していて、わたしも10年ぐらい存知上げておりますけど、予定が変更されたことは一度もありません。
もちろん私は「この方がおっしゃることは必ず守られる」と絶対的な信頼をしています。

4 : 湖の騎士 : February 13, 2010 09:37 AM

alien様 非常に分かりやすく、だれでも今日から実行できそうな基準ですね。この人物鑑定基準が、どんどん広がってほしいです。ここに登場なさる「元上司」は本当にすばらしい方です。重鎮の方のお誘いを断って、学生たちとの先約を優先なさるなどということは、だれにでもできることではありません。感動的です。単純明快で力強いコメントをありがとうございました。

5 : 自由な石工 : February 14, 2010 12:20 AM

ご無沙汰しております。
私には、一人だけですが心の底から信頼できる人がいます。それは中学校の同級生です。心情や物事を本音で語り合える相手です。この人と出会えた事、そして今でも良い関係でいられている事が私にとって”宝”であり”財産”です。そしてそう思える心を今後も持ち続け大切にしていこうと思います。多くの人との出会いから私は多大なる力をもらい、また刺激を受けているのだと思います。
ブログの主旨から外れてしまい申し訳ございません。

6 : 湖の騎士 : February 14, 2010 10:12 AM

自由な石工様 お久しぶりです。ただ一人だけでも信頼するに足る友を持っているというのは本当に幸せです。多くの人に出会って「多大なる力をもらい、また刺激を受けている」と感じられれば、生きてゆくのが楽しくなってきます。このコメントはけっして拙ブログの主旨から外れていません。貴重なコメントをありがとうございました。