View of the World - Masuhiko Hirobuchi

April 18, 2010

絶望している人はいない -

「世の中に絶望している人はいない」という言葉に出会ったのは、学生時代のことでした。「もし人生に本当に絶望しているのなら、その人はただちに自らの命を断つはずである。生きているというのは、絶望していない証拠である」とこの言葉は続きます。たしかニイチェの本で読んだ気がします。この言葉がどれほどの勇気と力を私に与えてくれたかは、はかり知れません。「そうだ、絶望などということを安易に口にするのはやめよう。生きているというのは、希望がある証拠ではないか」といつも思うようになりました。「私は日本の前途に絶望している」などという人に出会うと、心の中で「それは違うでしょう」と言いたい気持ちをずっと抱いてきました。今の政局を見て、日本の前途を悲観している人は、それこそ何百万、何千万人といると思います。しかし「絶望」している人は、そんなにはいません。個人も国も「生きていれば、かならずよいことも楽しいことも起こってくる」ものです。大学を出て数年が経って、まだ道に迷っている人もいれば、日本の現状を嘆いている人もたくさんいます。このニイチェの言葉が、その内のただお一人にでも力になればと願っています。

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COMMENTS

1 : 悠々 : April 19, 2010 11:40 PM

私はどちらかというと「極楽とんぼ」的性格ですから大抵のことではめげたりしないで何とか切り抜けてきました。
絶体絶命かと思われるような事に遭遇しても、一歩下がって客観的に自分を観察してみると対処法がいくつか見えてきます。
具体的な事例を書いた方が良いのでしょうが、自分の恥をさらけ出だす勇気がありませんから割愛します。
近頃電車が良く止まりましがその原因の殆どは人身事故つまり飛び込み自殺です。私は恥をさらけ出す勇気が無い女々しい男ですから当然自殺する勇気なんか持ち合わせていません。
でも、死ぬ気になったら大抵のことは出来るはずですようね?
轢いてしまう運転手の気持ち、電車の遅延による乗客の迷惑、ばらばら死体をかたづける人のこと、そんなことを思い巡らせている内に死に神はどこかへ行ってしまうはずです。
自殺するほどではなくても、何かに困っている人、何かに憤慨している人、何かに不満が累積して悶々としている人、どうか一歩下がって視点を変えてみてはどうでしょうか?
海外に行って遠くから日本を見てみる、そんな暇がないというならCS放送でBBCとかCNNなどの報道を見てみるだけでも
かなり視点が変えられると思います。時が解決してくれる事象もかなりありますしね。

2 : 小龍 : April 20, 2010 12:06 AM


「絶望」という状況は、希望も未来も一切見出せないことであると私は解釈しています。
ですから先生の書いたニーチェの言葉には非常に共感できます。

であるとすれば、逆にまだ人々は未来も希望も心のどこかに持ち続けているのではないかとも感じます。

ただ、今の世の中の風潮がネガティブであるから不安感が勝っているのでしょうが、一つ視点を変えるだけで希望は見出せるのではないでしょうか。

3 : 湖の騎士 : April 20, 2010 04:00 PM

悠々様 非常に貴重なコメントをありがとうございました。私の記事はやや抽象的ですが、貴コメントが「死」というものをこのように具体的に示してくださったおかげで、「そういうことか!」と急に目の前が開けた若い読者もいると思います。ご自分を「極楽とんぼ」と形容され「恥をさらけ出す勇気がない」と言われたことも、幅広い共感を呼ぶものと思います。たしかに思い詰めた時には、外国のニュースを見たり、自分を他人の目で眺めたりすると、物事がまったく違って見えてきます。そういうふうに視点を変えられる方々がふえてほしいものです。

4 : 湖の騎士 : April 20, 2010 04:10 PM

小龍様 意志の強い方には、今さら必要のないニイチェの言葉だったかも知れませんが、今どき「絶望」という言葉を軽く使いすぎる人が多いので、あえてこれを書いた次第です。人々はなんだかんだといっても「希望」を心のどこかに抱いています。これを大きくふくらませ、しっかりした形に変えていかねばなりません。政府はそうした希望をふくらませるような具体的な政策を打ち出すべきです。経済が活気を取り戻せば、日本を覆っている暗いムードは吹き飛んでゆきます。防衛も教育もきわめてシンプルな「常識」の線に沿って行ってゆけば、希望はまちがいなくふくらんで行きます。