View of the World - Masuhiko Hirobuchi

December 24, 2010

軽すぎるクリスマス -

12月24日の産経新聞一面に、作家の曽野綾子さんが「知られざるイエスの屈辱」というコラムを書いています。内容は今から約2000年前のユダヤの寒村ナザレで、マリアがいいなずけのヨセフと一緒になってもいないのにみごもり、自分を生んだことで、イエスは生涯世間の侮りを受け、言い難い屈辱の内に生涯を終わったことについてです。これについて曽野さんの通ったカトリックの女子大(聖心女子大)ではほとんど何も教えなかったそうです。そして今の日本では、そんなイエスの苦悩などは考えたこともない人々が、実に気軽にクリスマスを祝っていることを鋭く突いています。「日本人の見るクリスマスが、どれほど浮ついたものか。イエスの生涯は、十字架上の苦悩の死だけでなく、いわれのない屈辱を一身に背負って生きることだったのである」という言葉で、曽野さんはこのコラムを結んでいます。まったく同感です。プロテスタントの高校で学び毎朝礼拝に出席していた私は、普通の高校生よりはイエスの苦しみを分かっていたと思います。その後、キリスト教について、たくさんの本を読み、「反キリスト」の立場から書かれた本も相当読んできました。当時の社会で、「父なし児」と呼ばれることがどれほどの屈辱だったかについて書いた本も読みました。大天使ガブリエルがマリアの許を訪れ、「あなたは精霊によってみごもるだろう」と告げたなどというのは、のちに聖書の作者たちが伝えたいわば「きれい事」であり、屈辱に耐えながら生きるイエスはとても口には出せない苦悩を味わっていただろうということは、十代の私にもよく分かりました。しかし、世界の苦悩にも悲惨にもほとんど関心がない日本人の多くは、「処女懐胎」の意味も解さぬままに、実に気軽に「メリークリスマス」と口にし、サンタクロースや、クリスマスイブの過ごし方にばかり気を取られています。クリスマスを「悲しむ」くらいの人々が、もっとふえれば、日本人の国際感覚は一段と鋭くなり、それが平和と繁栄に繋がるだろうと思うのですが。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : mayu : December 27, 2010 10:03 AM

日本のクリスマスは端から宗教とは無縁に、商業ベースに乗せられた年中行事の一つとして定着してしまいましたから、まるでお祭り騒ぎのような光景は外から見ればかなり奇異に映るのでしょうね。
イコノロジー、メタファー、どれ一つとっても宗教や歴史的背景について知識の足りない私には、霞の中を手探りしている程度の理解しかできないもどかしさが常につきまとってしまいます。音楽だけは、感性で共感できる部分もあるとは思いますが。
異国の文化や宗教に敬意を払い尊重することはもちろんですが、それ以前に私たちは自国の歴史はもちろん神話やおとぎ話
に親しむ機会がもっと増えてもいいと思います。最近一部で”歴女ブーム”が起きていますが、幼少時の素養を育む風潮に繋がって欲しいと思います。
彼我を知れば、自ずと日本のクリスマスの過ごし方も変わってくるのではないでしょうか。

2 : 湖の騎士 : December 27, 2010 10:06 AM

mayu様 日本のクリスマスの商業主義を嘆く気力も失せている人がけっこういると思います。クリスチャンが多いアメリカでもユダヤ教徒などへの配慮から「メリークリスマス」というカードを送らないのが慣例となっているのに、クリスチャンでもない日本人があまりにも気楽にこの日を祝いすぎています。その半面、ご指摘のように自国の神話やおとぎ話に関心を持つ人が少ないのは残念です。”歴女”の皆さんには大きく期待しています。歴史を知る人がふえてくれば現在についての判断も的確になりますし、第一会話をしていて楽しいでしょう。男も草食系でも肉食系でもいいから、とにかく「歴史系」になってほしいですね。過去についての想像力が未来を見る目を養ってくれますから。