View of the World - Masuhiko Hirobuchi

January 23, 2012

把瑠都優勝とバルティック艦隊 -

大関の把瑠都が優勝しました。彼がエストニアという人口150万人前後の小国の出身であることは、だいぶ広く知られていると思います。とくに母親のティーナさんが息子の優勝を祝うために、はるばるエストニアから駆けつけたこと、彼の故国の人々が新しく生まれたヒーローを誇りに思っていることがテレビニュースで伝えられて、一躍この国が有名になったのは喜ばしいことです。「把瑠都」というしこ名が「バルト三国」(エストニア、ラトビア、リトアニア)に因んで付けられたことも、記憶のよい方はご存知です。バルト三国というのは、日本のマスコミには滅多に登場しません。ときたま第二次大戦中に、リトアニア駐在の杉原千畝という外交官がいたこと。彼がナチスドイツの迫害を逃れて日本経由でアメリカなどへの亡命を希望したユダヤ人約600人に、本省(外務省)の命令を無視して、日本に入国するヴィザを献身的に発行したこと。ユダヤ人たちは今でもこの人道的措置に深く感謝し、杉原は「日本のシンドラー」と呼ばれていることなどが、伝えられることくらいです。ところで司馬遼太郎の名作『坂の上の雲』でロシアの「バルティック艦隊」を壊滅させ、日本の危機を救った東郷平八郎と参謀秋山真之の活躍を、年末のNHKドラマでご覧になった方も多いと思います。この艦隊の本拠地が「バルト海」であることに頭が回った方はそう多くはない気がします。艦隊はそこからはるばる英仏海峡を渡り、さらに南下してアフリカの喜望峰を回り、そこから炎熱のインド洋を越えてはるか極東の対馬海峡までやってきたのです。把瑠都の優勝とは何の関係もないようですが、地名はいろいろなことを連想させます。大国ロシアの覇権に下で独立を奪われて呻吟していたバルト三国の苦悩、彼らが独立を回復したのは20世紀も終わりに近づいてからだったこと等々を、この白い肌をした巨漢力士は考えさせてくれました。平和で、衛星中継が日常茶飯事となり、数年前まで無名だった青年が、遠い日本の空の下で活躍する姿を、誇らしげにテレビで見ることができる人々がいる風景! つくづくいいものだと思います。

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COMMENTS

1 : 悠々 : January 26, 2012 10:28 AM

把瑠都の優勝と千秋楽に見えた奥さんと母上の画像は微笑ましかったです。
バルティック艦隊が日本海軍に敗退したのは遠路遙々遠征中に船底に貝が沢山ついてしまい、速力が出せなかったのも原因だと聞いたことがあります。
スエズを通れなかったのが痛手でした。
ロシアの圧政に苦しんでいたエストにはとっては日本が頼もしく思えた出来事だったことでしょう。
把瑠都の優勝で益々親日感情が増すことでしょう。私にとっても日本人の有償が無いのは寂しいですが、嬉しい出来事でした。
土曜日の先生の講演会、楽しみにしております。

2 : 湖の騎士 : January 27, 2012 10:38 AM

悠々様 コメントありがとうございます。把瑠都の活躍のおかげで、日本がエストニアのような遠い国にまで知られるようになり、日本人がバルト海近くの国々に興味を持つのは嬉しいことです。バルティック艦隊を壊滅させた際に、海に投げ出されたロシア兵を日本海軍が献身的に救助したことを、NHKの「坂の上の雲」ではっきりと映像化してほしかったです。明日の講演でお目にかかれるのを私も楽しみにしております。