View of the World - Masuhiko Hirobuchi

March 30, 2012

「盛大な拍手」は求めないで! -

プロの選手がなにかというと「応援よろしくお願いします」というのを、「甘え」であり、みっともないということを前回書きました。今回はもっと自分に関係があることを書きます。いま、日本全国で1日にいくつぐらい講演会やシンポジウムが開かれているか知りませんが、司会者が講師(あるいはゲスト・スピーカー)に気を遣って、「では皆さんもう一度盛大な拍手をお願いします」という場面がじつに多いのにお気づきのことと思います。しかし、これは恥ずかしいことです。拍手をするかしないかは、聴衆が自由意思で決めるべきことです。話が面白ければ黙っていても盛大な拍手が湧き起こりますし、つまらなければ拍手しなければよいのです。司会にとって講師は「外部からお招きした人」で、それ相応の礼をつくすのが当然と思うのでしょうが、聴く方にとっては司会もスピーカーも「同じ主催者側」です。そういう身内の人間に対して拍手をおねだりするというのはみっともないことです。私もいままでに何度か大ホールで演壇に立ちましたが、司会者が「盛大な拍手」を求めるのに赤面し、「拍手するかどうかは聴き手が込めることですからどうか今後はおやめください」とお願いしたことがあります。その後も拍手を求めそうな司会者に会うごとに事前に「どうかそういうお願いはしないでください」と頼んだものです。講演会を盛り上げようと考えるあまりの善意なのですが、これは見苦しいことです。それを見苦しいと感じない人が多いのです。これには結婚式場で新郎新婦の入場の際に拍手を求めるプロの司会者の影響もあるような気がします。自らの意見や知識を人前で披露するくらいの人は、拍手などは求めずに、もっと孤独や孤立感に耐えていたいものです。

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COMMENTS

1 : 悠々 : March 30, 2012 04:59 PM

確かに司会者は主催者側の人間ですから,内輪の者が講師に対し手の拍手を強要するのは烏滸がましいです。
TVの公開番組でディレクターが観客に拍手を指示するのとはちょっと違うと思います。
歌舞伎役者が大見得を切り,3階席辺りから「音羽屋~!」なんて絶妙のタイミングで声が掛かるのは良いものですが、下手な落語家が,「ここは可笑しい所ですよ!」なんて客に笑いを催促しているのはみっともないです。
良い芸を見せれば客は笑いもするし拍手も惜しみなくするものです。
逆に観客がコンサートなどでアンコールをしつこく要求するのも私は嫌いです。
客席と舞台が阿吽の呼吸で繋がっている、そうゆう粋な関係が望ましいです。

2 : 湖の騎士 : March 30, 2012 06:43 PM

悠々様 コメントありがとうございます。こういうご感想をいただくと、本当に嬉しいです。「世の中にはまだまだ常識・良識を備えた方がいらっしゃるのだ」と分かり、安心し元気が湧いてきます。下手な落語家の例といい、歌舞伎の観客の絶妙のタイミングでのかけ声といい、さらにはアンコールをしつこく求めすぎる客といい、思い当たることばかりです。粋な人がふえるだけで、人生はもっと楽しくなります。そういう日本になってほしいものです。

3 : 団塊世代 : April 3, 2012 09:57 PM

 アンコールをしつこく求めるのコメント 我が意を得たりです。
 
素晴らしいコンサートの場合は、その高揚感と満足感をそのまま抱いて帰りたいので、おまけは無視して帰ります。アンコールのままに席に着いていると、せっかくの大事なものがシュルシュルと失われてしまうことが多いです。粋な人が・・・について、 粋か不粋の価値基準を持てば、人生の面でもかなりの事がすっきりと収まると思います。ただし、外国人や外交関係の面ではさにあらずですが・・・

4 : 湖の騎士 : April 4, 2012 09:58 AM

団塊世代様 コメントをありがとうございます。アンコールをしつこく求め、それが正しいことで、演奏家への礼儀だと思い込んでいる人が多い中で、貴重なご意見です。この意見を最初に述べられた悠々さんも喜んでくださると思います。「粋か野暮か」で物事を判断するようになれば、日本はもっとすっきりした社会になるでしょう。粋な人がふえてほしいです。

5 : 悠々 : April 4, 2012 05:23 PM

団塊世代様
同じようにお考えの方がおいでと知りうれしいです。
何事もほどほどに分を弁えて行動すれば良いのですが、兎角、衆愚に従ってしまうのは困ったことです。
もっと「個」を大切にする教育をしなければならないのに、いまは逆の方向に行っているように思えます。
初めのお話しとは離れてしまいました。湖の騎士様ごめんなさい。

6 : カイシャ : April 5, 2012 04:11 AM

はじめまして。モントリオールにおります。日本の番組で言葉つきもおかしいことが多々あるのですが、特に番組の終わりで女子アナウンサーや出演者が両手のひらを前に扇のように広げて振る様子に違和感を覚えています。しかも10本の指がそれぞれ独立してぴらぴらと左右にゆれる様は異常な光景です。お辞儀ではエンディングのカットまで間が持たないからでしょうか?

7 : 湖の騎士 : April 5, 2012 09:53 AM

悠々様 再度のコメントをありがとうございます。団塊世代さんもすぐに反応があって喜んでおられることでしょう。意見や感想のキャッチボールは本当にすばらしいことです。今後ともよろしくお願いいたします。

8 : 湖の騎士 : April 5, 2012 10:38 AM

カイシャ様 はるかなモントリオールからのコメントをありがとうございます。私は真冬のセントローレンス川を見ただけですが、美しい町だと思いました。さてテレビに出演する女子アナやゲストが番組終了直前に十本の指を視聴者に向けて振る仕草は何気なく見ていましたが、たしかにおかしいですね。あくまで推測ですが、視聴者に「媚びて」いるのだと思います。「わたし可愛いでしょ? また見てくださいね!」とでも言いたい気持ちがあの仕草につながっている気がします。

9 : 悠々 : April 6, 2012 08:53 AM

カイシャ様・湖の騎士様
TVの番組の最後に出演者が延々と手を振っているのは、番組が予定時間より早く終わってしまったから、ディレクターから伸ばせとのサインをもらったためだと思います。
見ている方も切ないけど出演者の方はもっとやりきれない思いで居る事だと思います。
今朝の朝日の天声人語に英国の故マーガレット王女の逸話が乗っていました。52年前のことで、婚礼の後バルコニーで群衆に手を振りながら、「もうこのぐらいで良いでしょう」「もうすこしのしんぼうよ」などと話しているのを読唇術の心得のある者がロンドンの新聞に投書したという話です。
フランスやイタリアのTVでは時間になっても番組が終わらずそのまま流していたり、途中でぶつんと切ってしまったり、何も出ない時間があったりと、おおらかにやっていますが、日本のTVは寸秒の誤差も許さない、と言った時間管理をしています。
何時までも手を振る出演者は厳しい時間管理の犠牲者なのです。
やるせない気持ちで手を振り続ける出演者を温かい目で見てあげましょうよ!

10 : 湖の騎士 : April 6, 2012 09:41 AM

悠々様 「お手振り」にはそういう見方もあるのだということをお知らせいただき、ありがとうございます。視野が広がりました。朝日の「天声人語」は私も読みました。前半はユーモラスですが、後半は「自説の押し売り」という印象で、「ああ、またか」という思いでした。