View of the World - Masuhiko Hirobuchi

April 16, 2013

希望を運んだパリへの一番列車(EUのルーツ) -

北朝鮮の恫喝、ボストンマラソンでの死者といった緊急の危機の前では、EUがかかえている経済危機は日本人の関心からは遠ざかっているようです。しかしこの問題は今後も長く尾を引くものです。EUというのは一体どういう組織なのかについての理解は欠かせません。ここで本格的にEUのことを語ろうとは思いませんが、「理解のための補助線」を引かせていただきます。EUの前身はEC(ヨーロッパ共同体)と呼ばれていました。そのECは三つの組織の統合体でした。三つというのはECSC(ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体)、EEC(ヨーロッパ経済共同体)、そしてEURATOM(ユーラトム、ヨーロッパ原子力共同体)でした。このうちでとりわけ日本人に強く印象づけられたのが、EECです。巨大な経済圏ということで、これとどう付き合うべきかが議論されました。多くのEEC関係の本が出版されました。イギリスなどでも、ECという言葉はあまり普及せず、ヒースロウをはじめ国際空港では「EECパスポートの方はこちら」という表示が長く用いられていました。ECを生み出した最初の組織は、ECSC(石炭鉄鋼共同体)でした。第二次大戦によって疲弊し、多くの産業が壊滅的な打撃を受けたヨーロッパをいかに立て直し、ドイツとフランスが二度と戦争をしないようにするにはどうすればよいかという理念から生まれたのがECSCであり、少しおくれてのEECでした。そのECSCの最初の成果が、ドイツの石炭鉄鋼の産地として名高いルールからパリへの石炭を運ぶ一番列車でした。1950年代の終わりのころです。私はその映像をテレビで見て感激したものです。蒸気を吐き、喘ぎながら走ってゆくこの汽車は、「希望」と「平和」を運んだのです。ECSCという共同体を目に見える形で示したのがこの列車でした。当時ECSCやEEC、ユーラトムに加盟していたのは、わずか6カ国でした。ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクです。現在の加盟国数とは雲泥の差です。しかしECがEU(ヨーロッパ同盟)と名を変え加盟国の数が飛躍的に増加するにつれて、かつてパリへの一番列車が運んだ平和への熱い想いも希望も持たない国が増えているように思えてなりません。そのことと「ユーロ危機」は大いに関係がありそうです。このブログにEUについての最初の記事を書いた時、コメントをくださった方々にあらためて御礼を申し上げるとともに、今回の追加記事が何らかのご参考になればと願っています。

[Post a comment]

COMMENTS

1 : 湖の騎士 : April 17, 2013 10:57 AM

追加と補正 上記の記事中、「ドイツ」とあるのは当時の「西ドイツ」のことです。この国の国名は当時も、東ドイツを吸収した今も、変わっていません。「ドイツ連邦共和国」です。それもあって「ドイツ」と表記しました。東西の統一から20年以上が経ち、「西ドイツ」という呼称はずいぶん遠いものになった気がしますが、ここはやはり「西ドイツ」とすべきでした。謹んで補正をさせていただきます。