View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 05, 2015

フエアネスの原則(日本のメディアに欠けている思想) -

ラジオの時代からアメリカの放送界には「フェアネス(公正)の原則」というのがありました。日本では「公平の原則」と誤訳されている場合が多いです。「フェアネス」というのは、自分の内なる良心に照らして「この報道はフェアかどうかをまず決めることから発するものです。しかしそれでは抽象的すぎるので、アメリカ連邦通信委員会(FCC)は、すべての放送局は「意見が分裂するような問題を扱う場合、一方に偏した扱いをしてはならない。かならずそれに対立する反対意見も放送すべきである」とする条文を作りました。テレビ時代に入ってもこの原則(フェアネス・ドクトリン)は引き継がれました。これについては反対もあり、憲法に定められた表現の自由に抵触するという声も上がりました。さらに放送・通信技術の急速な多様化もあって、この原則は法律の文章からは消えました(2011年)。日本ではもともとこういう規制を嫌う人々がいて、この動きを歓迎する勢力があります。しかし、アメリカの放送人の心の中には、この原則は長く根を下ろしてきました。彼らは「法律がそう定めたから」ではなく、自分の心の奥にある「フェアネスの感覚」に基づいて、この条文を具体的に実行してきました。自分が気に入っている主張の持ち主のコメントを優先してテレビ画面に登場させ、反対意見はごく小さく扱ったり、ほとんど抹殺したりする放送人はまずいませんでした。反対意見をフェアに扱うというのは、アメリカの誇るべき伝統だと感じていたのです。ひるがえって今の日本はどうでしょうか? ある特定の重要問題についてのマスコミの扱いは「フェアネスの精神」とはほど遠いものです。外交について、軍事について、他国の人々の考え方や歴史について、何の知識もない人たちが、きわめて情緒的・主観的な平和論を唱えると、そればかりが大きく扱われます。冷静で、具体的で、事実に基づいた意見は、登場するとしても扱いはきわめて小さいのが常です。マスコミ人間の心に「もしかすると自分は間違っているかも知れない」という思い、「はたして自分はフェアな人間なのだろうか?」という思いが、芽生えてほしいものです。そのためにも、アメリカの民主主義にとって重要な役割を果たしてきた「フェアネス・ドクトリン」の価値を、大至急見直してほしい。しかし、今の日本で「フェアネス・ドクトリン」なるものが、かつて存在したという事実だけでも知る人は、実質皆無だと思います。それでも「心の内なるフェアネスの感覚」はあるはず。それに基づいて行動してほしいと切に願ってやみません。

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COMMENTS

1 : 湖の騎士 : August 6, 2015 02:11 PM

読者の皆さんへ 追加記事です 「フェアネスドクトリン」を「公平の原則」と訳すのは「誤訳」だと書きました。ではどう訳すべきか? 「公正の原則」と訳すべきです。「公平」と「公正」は違います。「公平」は「悪平等」を連想させ、「表面的に公正を装っているだけ」というイメージがあります。片や「公正」は、真の「フェアプレイの精神に基づくもの」で、もっと厳しい「内なる良心」に則ったものです。

2 : Sako : August 6, 2015 09:19 PM

私はアメリカに関しては先生とは意見を違えます。まずFOXニュースはかなり偏向報道をしています。
また、他の放送局もトヨタのプリウス・リコール問題の時は、かなり偏っていました。アメリカの報道の公正性には懐疑的です。

ただ、報道機関は株式会社である以上、多少の偏向は(NPR以外)容認されると思います。結局のところ、株式会社の最終目標は利益の最大化だからです。
テレビでアメリカが優れているのは、多チャンネル化だと思います。日本の様に似たり寄ったりのキー局中心でなく、多様なチャンネルがある事で質が担保されています。

私は、テレビは極稀にニュースを見る程度にしています。その分、産経と日経を購読し、ネットで各社説を読み比べ、朝日、海外報道を読みます。
気になるニュースは、YouTube で原映像で確認します。podcastでラジオも聞きます。
今の世の中が良いのは、各人が一人メディア化(竹村健一化)出来る事です。

テレビはマクルーハンのいうホット・メディアでは最早ありません。
テレビは、ネットを嫌悪し時代錯誤で、バカが熱心に見るものという感覚があります。
テレビに全く期待していませんので、お好きにどうぞという状態です。
フェアであるなどと高貴なことは、そもそも期待していません。
強いて言うならば、キー局制度を廃止し、電波法の既得権益を手放し、新規参入を容易にし、フェアな競争をするべきだと思います。

3 : 湖の騎士 : August 9, 2015 11:07 AM

Sako様 コメントありがとうございます。お礼が遅れました。アメリカの放送における「公正さ」に期待していないというお気持ちと、ご自分の情報収集はテレビニュースに頼らず、独自に行っているーーという姿勢は貴重だと思います。さらにテレビも私企業であるからには、利益を求めるのが当然とのお考えもよく理解できます。ここからは私の意見です。「アメリカの放送局は、かつては金儲けのためだけに存在したのではなかった。たしかに三大ネットワーク(親会社を含む)はいずれも上場会社(パブリック・カンパニーズ)であり、当然利益の追及は大切なことだった。しかし三社はそれ以上にもっと大きな使命感を持っており、トップから平社員までが、自分たちの仕事に誇りを抱いていた。文化事業というと、いささか格好よすぎるが、CBSとABCが、金儲けにしか関心のない会社に買収され、社員たちが新オーナーたちのあまりの無教養さに苦しむまでは、『フェアネスの原則』は守られていた。その遺伝子は今も企業文化(業界全体の文化)として残っている」「フォックス放送の偏向はオーナーのR.マードックの個性が際立ちすぎたことと、既存の三社のニュースがいささかリベラルに流れすぎることへの抗議から生まれたものである。これについては詳しい解説が必要だが、今回はここまで」「テレビは馬鹿の観るもの、という哲学は哲学として、世論(ムード)形成における影響の大きさは今もテレビが断然トップだという見方は外せない。たしかにテレビは衆愚を創り出しているが、祀りごとを行おうとする者は、衆愚を馬鹿にしてはいけない。世論が衆愚によって形成されることを、よくよく肝に銘じて慎重さと大胆さを兼ね備えた行動をすべきである」「衆愚を馬鹿にしては大業は成らない」以上です。アメリカのテレビ人間のメンタリティに関しては、何十年にもわたり付き合ってきた、放送現場の人間たちから得た実感であり、これについては日本のどの学者よりも記者よりも正確に把握しているつもりです。

4 : cheap oakleys : October 7, 2015 02:26 PM

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