View of the World - Masuhiko Hirobuchi

August 20, 2015

「最高です!」と答えて恥ずかしくないのか? -

日本でスポーツ番組を観ていて、いつも後味の悪いのは、ヒーローインタビューです。アナウンサーが毎度毎度「いま、どういうお気持ちですか?」と聞きます。するとほとんどの選手(ときには監督まで)が「最高です!」と答えます。アマチュアもプロも同じです。この答の中に、「なんの工夫もない」「実にありきたりで安易だ」「他人と同じなのは無個性そのもの」「恥ずかしくないのか?」と、感じている視聴者も多いはずです。さらにエスカレートすれば、こういう画一化を生んだのは日本の教育のせいではないのか? 画一化は「世論なるもの」にも及んでいて、これが「全体主義」に結びつく恐怖を感じるーーということになっていきます。そこまでいうとまたむずかしい話になりますが、少なくとも欧米の一流選手の場合は、「他の選手とは違うことを言おう」という準備ができています。早稲田実業の清宮幸太郎選手の人気のかなりの部分は「個性的で、ユーモアがあり、他人と同じような型にはまったコメントをしなかった」ことにあると私は思っています。

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COMMENTS

1 : 悠々 : August 20, 2015 11:04 PM

日本では「仲良しお友達」の出来る子が良い子で、個性的発想をするのは悪い子なのです。いじめの対象になったり、先生から疎まれたりします。
欧米では個性が尊ばれ、横並びの発想はできの悪い子と考えられ、日本とは全く反対の評価です。
為政者にとっては考えることの嫌いな異分子の居ない国民が望ましいのでしょうが、それでは国力も衰え三流国家になってしまいます。
大リーグのイチロー選手はマスコミ嫌いでスポーツ記者には評判が悪いそうですが、彼のコメントは言うべき所をしっかり押さえていて、頭の良い人であることが分かります。
文部科学省も道徳教育など押しつけないで、哲学をしっかり教えて考えることの出来る人間を育てるべきです。
私がたまに電車に乗ると座っている人の八割がスマホか携帯を弄っています。末恐ろしい光景です。

2 : 湖の騎士 : August 21, 2015 09:22 AM

悠々様 コメントありがとうございます。皆が同じことを言うのがどんなに恐ろしいことかを、日本人は先の大戦を通じて学んだはずです。しかし実際はそうではありません。平和を唱えることは必要であり有益ですが、日本人の最近の平和論は「すべてを日本人の価値基準で見ており、他国には違う発想がある」ことを認めていません。これは本当に危険で恐ろしいことです。スポーツの話に戻れば、プロでいちばん中身のあるのは文句なしにイチローです。逆にディレクターたちにとって都合がよいからか、頻繁に用いられる元強打者のコメントは実につまらないです。日本のメディアと教育界、政界に、もっと多彩なオリジナリティあるコメントが登場するように願っています。