View of the World - Masuhiko Hirobuchi

April 10, 2016

英語習得に「英文法は必要ない」のか? -

ラジオやテレビで「識者」とされる人たちが対談して、「英会話能力を身に付けるのに、あんな面倒な文法なんか必要ない」と言い切る人がいます。これを受けた方は、「そうだ。そのとおりだ」としゃべっているのをよく聞きます。今の日本では英文法への支持は本当に薄れているようです。しかしこれとは正反対に、「自分は英文法の授業を苦痛と思ったことはない」とか「文法というのは未知の土地へ行く最短時間を示した地図みたいなもので、そのプラスははかり知れない」と言う人々もいます。果たして英文法は英会話習得の妨げなのか? それとも強力な水先案内人なのか? この問題は人が100人いれば、100様の意見があると思います。ご自分の感じるままの自由なご意見をうかがえれば幸いです。

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COMMENTS

1 : Sako : April 11, 2016 05:11 AM

外国語習得には膨大な時間を要します。
英会話を求める人には、文法無視は合理的選択だと思います。ピジン英語で十分だからです。
日本で英語を話す機会は皆無で、年に1回のちょっとした海外旅行の為に、英会話の勉強に多くの時間を取られるのは無駄だと思います。

しかし、HPや文献等で情報を得ようとする人にとっては文法が必須です。長文を読み解くにあたって文法を無視すると、誤訳や誤理解に繋がりかねないからです。

ロンブ・カトーの「私の外国語学習法」では、外国語習得には覚えることは、文法と単語だけと述べていたのを記憶します。

文法の学習は、本気で外国語を学ぼうとする人にとっては寧ろ効率的です。

先生が見かけられた識者は、視聴者を舐めているのではないでしょうか?「所詮君達には、我々識者の様な語学力は必要ではないでしょう。ピジンで事足れり」と。

2 : 湖の騎士 : April 11, 2016 04:19 PM

Sako様 早速のコメントありがとうございます。広い視野からの「英文法談義」をいただき、参考にされる読者の方も多いと思います。自分の考えを先に書くと「自由なご意見」が得られないのでは、と思い、「100人いれば100様の意見があるはず」と書きました。国際政治や経済については、みんな「自分の意見は正しい」と思っていて、自分の意見と反対の意見を言う人を「悪者」(?)扱いしかねません。しかし、英文法をめぐる論議となると、「自分と異なる意見」に対してもずっと寛容になるのではないかと思います。自由自在に暴論でも極論でも大いに登場してほしいと思っています。