View of the World - Masuhiko Hirobuchi

July 21, 2016

有名人が亡くなるたびに「ひとつの時代が終わった」というコメントが -

7月20日(水)大橋巨泉さんの死について、NHK「NW9」の河野キャスターは「まさに一つの時代が終わった気がします」とコメントしました。このコメントは、有名人が亡くなるたびに何度でも繰り返されてきた「最も凡庸なコメント」というのが常識で、言論をもって立つ者は、「使ってはならない」とされているものです。これを言ったとたんに、その人は軽蔑を受けます。あまりにもイージーなせりふです。(高倉健の時も、永六輔の時も聞いた気がします)。もっと重要な問題で、意見が5つも6つもあるようなテーマが、ある特定の価値観を奉じるグループによって一色に塗りつぶされようとしているのが日本の現状です。異論を認めない言論ファシズムともいえる時代に、たとえ一タレントの死であっても「どこにでもある」「お仕着せ」のコメントをしているようでは、NHKは「思考停止」をしていると見られても仕方がないでしょう。視聴者が「さすが!」と唸るようなコメントを期待したいものです。

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COMMENTS

1 : Sako : July 21, 2016 09:23 PM

同じ公共放送のBBCの以下の記事を思い出しました。

「なぜ2016年に有名人が次々と亡くなるのか」
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36109285

理由は2つ
・ベビーブーマー世代が死に出したこと
・有名人自体が増えたこと

非常に説得力があり、新しい視点を提供した良い記事だと思います。

今後はこれまで以上に「時代の終わり」を迎えることになります。
果たして、NHK は「一つの時代の終わり」を言い続けられるのか見ものです。
どうせ碌なことも喋れないので、アナウンサーは「ご冥福をお祈り致します」だけで〆た方が、気が利いてスマートなので賢明だと思います。

老若男女問わず最近のアナウンサーは、何故一々コメントをするのか疑問に思います。取材をする訳でなく、ただ原稿を読んでいるだけで、頭が良くなったと勘違いしているのではないでしょうか?
私は手話ニュースが最も好きです。コンパクトに大事なニュースが纏められてあり、余計なコメントもなく、淡々と報じます。

2 : 湖の騎士 : July 21, 2016 09:48 PM

Sako 様 コメントありがとうございます。BBCの記事は当たり前のことを言っていうようでいて、冷静な現状認識と放送マンとしての見識が感じられすばらしいと思います。NHKの場合は「なにか気の利いたことを言わねば」という「俗受け狙い」が強すぎて、こういうつまらぬコメントになったのでしょう。「手話ニュースが最もお好き」というのは面白いですね。「余計なコメントもなく」という個所は多くの人々の共感を呼ぶと思います。

3 : Tomo : July 26, 2016 10:30 AM

廣淵先生、ご無沙汰しております。

先生に同感です。テレビには「イージーなせりふ」が溢れすぎています。

記者会見での「極めて遺憾」という台詞や、芸能人の食レポの「うまい!」「美味しい!」「ヤバイ!」、ハンバーグを食べればほぼ「ジューシーで・・・」とコメントが続き、スープを飲めば「濃厚」、薄味であれば「優しい味」・・・。
大人はこれに辟易しているかもしれませんが、こどもたちは「これでいい」と思ってしまうかもしれません。

この状況に危機感を覚えています。
表現力(語彙力)を豊かにするために、4歳のこどもでも(長女は4歳になりました)できることを教えていただけますか? こどもが生まれてきてから生活圏内がぐっと狭くなり、自由に使える時間も少なく、自分の視野が狭くなってきていることを自覚しています。ネットやテレビの情報に惑わされることもあります。試行錯誤していますが何か他にしてやれることがあればしてやりたいと思っています。

現在私がしていることは

●絵本の読み聞かせ

多読しています。一冊を繰り返し読んだほうがいいという意見もありますが、絵本は当たり外れが激しく(昔から読まれている名作以外)、またたくさんの世界や表現に触れさせたいと思っているので私はそのようにしています。気に入った本は繰り返し読んでいます。(「多読」と書いてしまいましたが読んだ本は記録している分で五百冊強でした。幼児期に一万冊(!)読んだというお母さんもいるそうなので、多読とは言うには少なすぎるかもしれませんが、毎日の習慣にしています)

●五感をつかって話をする。年齢を気にせずに難しい言葉も使ってみる

食事中はテレビを消しています(クラッシックや娘の好きなアニメの曲などを流しています)。食事の感想は「おいしい」で終わらせず「酸っぱいけれど、甘みもあっておいしい」のように、どのようにおいしいかを話します。

食事中には時々少し難しい言葉も出してみます。
最近ですと「水不足でダムが枯渇する」「枯渇、っていうのはね・・・」といった具合です。知らない単語が出てくると興味津々になります。先ほどは都知事選について聞かれました。

散歩中には「風がほっぺたに当たってひんやりして気持ちいね。葉っぱがそよそよ揺れているね」「あ、お花が咲いているね。赤い色をしているけれど少し青みががって、紫色っぽいね。赤にも色々な色があるんだね」のような話をしています。

●「Show and Tell」
PEANUTSにもよく出てくる「Show and Tell」の真似をして、自分の興味のあることを話す遊びもしています。つい最近2歳になった次女もお姉ちゃんの真似をして何か適当な物を持ってきて話(?)をするので、笑ってしまいます。

●美しいものや新しいものに触れる。知的好奇心が湧くような場所に連れて行く


主人が寄席にたまに行くので、そのうち落語にも興味が出てくるかもしれません。

「言葉は身の文」という言葉があります。

品があり、言葉によって自分の世界を広げて多くのものを感じたり、人の気持ちを理解し、自分を表現することで人生がより豊かになることを願っています。

ご指導よろしくお願いします。

4 : 湖の騎士 : July 28, 2016 10:57 AM

Tomoさま お久しぶりです。コメントをありがとうございます。幼児の時からお母さんに絵本の読み聞かせをしてもらえるなんて、貴女のお嬢さんたちは何と幸せだろうと思います。会話の中に意識的に難しく新しい言葉を入れてみるというのも、素晴らしい教育法ですね。こういう育てられ方をしたお子さんは成人してからもけっして、だれもが使う「決まり文句」をイージーに使うことはないでしょう。よいお話をうかがいました。日本の前途に希望が湧いてくるような気がしています。

5 : 結城 : July 29, 2016 07:01 PM

廣淵先生こんばんわ。
結城です。
NHK関連について少し疑問に思うところがあるので、書かせていただきます。
廣淵先生のお考えをぜひ聞かせてください。

「天皇陛下 生前退位の意向」と7月14日の新聞で一斉に報じました。その前にNHKの一報がありましたが、少し気になるところがあります。それは報道の時期といいますか、タイミングなんです。『選挙が終わった後』にという印象を受けました。つまり、政府はだいぶ前から知っていたのだと、そして何とか報道されないようにしていたのだと自分の推測なのですが、そのように思いました。
ここから、自分の推測ですが、天皇陛下は生前退位という「明治憲法前の規定」を作るようにしたのだと思います。
大日本帝国憲法の上で戦争という悲惨な出来事を起こしてしまった。その反省から、日本国憲法を作り、日本の平和を築くようにした。(もっと深い意味や事柄があるのは十分承知しています。)
それが今、安倍政権によって覆されようとしている。そこで、生前退位という規則を設けることによって、明治憲法前の状態にしたい。(明治憲法前が平和だったとは思っていませんが明治憲法後と比べてです)それが天皇陛下のご考え と私は勝手ながら思っています。つまり天皇陛下の安倍政権に対する最後の抵抗なのだと。
それを分かった政府はなんとか報道されないようにした。選挙前に流されると参議院選に影響が出るから。
そして、このタイミングに出すことにより、生前退位という規則を作るためにも憲法改正や様々な法整備、改正をすると政府側が逆に利用したのだと思います。
すべて私自身の推測でありまして、多数誤りやご指摘があるとおもいます。
その上で、廣淵先生含め多数の有識者の方から意見をお伺いしたいと思っております。

私は、18歳ですが先の選挙には自民党に投票しました。
現在の安倍政権に対する批判のようなものではなく、報道されていることとは違う見方があるのではないかとおもい、推測しました。

6 : 湖の騎士 : August 1, 2016 03:00 PM

結城様 非常に鋭い洞察です。こういう見方をする有識者はまずいないでしょう。思考法が柔軟です。天皇陛下のご真意は、貴方の考察のとおりである可能性は高いと思います。そのいっぽうで頭に浮かぶのは、「ひとひねりもふたひねりもした考察は貴重だが、うんとプリミティブに考えることも必要かつ有益な場合もある」ということです。陛下のご念頭には日本の仕組みや憲法といったことは全くなくて、ただお疲れになって「ここらで皇太子夫妻に重責を負わせるのがベターだ」とお考えになった可能性はあります。こういう考えだと、陛下のご真意が参院選後にメディアに洩れてきたことの説明がつきませんが、私自身は「ややプリミティブ派」です。