View of the World - Masuhiko Hirobuchi

September 01, 2016

チャスラフスカ死去報道に欠けているもの -

東京五輪(1964)の名花と謳われた体操のベラ・チャフラフスカさん(当時はチェコ・スロヴァキア、現在はチェコ)が亡くなりました。新聞もテレビ・ラジオも等しく彼女の死を悼み、親日家であった彼女の人生を讃えています。物足りないのは、追悼記事が東京五輪とメキシコ五輪(1968)での活躍、金メダルの獲得数といったことに傾斜しすぎていることです。彼女が生涯を賭けて追求した、人間の「自由」「人権の尊厳」といった、政治運動についての扱いが弱すぎます。自由を求める祖国の人々とともに、彼女が「2千語宣言」に署名したために、どれほど共産主義者たちから成る当時の政府に迫害されたか。心が滅入る状況の中で希望を失わず、「節を曲げない」ことの代償がどれほど大きいものであったかを、手短かでいいから伝えてほしかった。自由を求めたドブチェック書記長らの「プラハの春」が、ソ連軍の戦車によって圧殺されたのが、1968年(東京五輪から4年後)だったこと。現在のチェコの人々が自由な生活を謳歌できている根底には、チャスラフスカやドブチェックの命がけの運動があったこと、数えきれないほどの涙が流されたことを日本人ももっと知るべきです。

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